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【2024/05/17 12:05 】

2006年10月26日(木)
高校の「必修科目」の履修もれの問題が取りざたされている。
いずれも受験優先で、「必修科目」を教えてなかった問題なのだが、私の高校時代も「必修クラブは数学必須(実質補習授業)」「指定問題集が教科書」など、「受験突破」のためのおかしなオキテがあった。
…もっとも反骨精神(だけじゃないけど)旺盛のドック隊長は「百人一首」「合唱」「剣道(部活を強制退部させられたため)」と優雅な選択をして、親にも先生にもお小言をいただいたという経歴がある。

とはいえ「フィボナッチ数列」も「微分積分」も、それを発見した人の人となりや「なぜその発見に至ったか」を授業の中で示唆してくれていたら、もっと興味を持って取り組めたけど、黒板いっぱいにひたすら方程式を書いて「四落五入」(睡眠時間が多い人間は受験を突破できないぞというエピソード)の教えだけをひたすらインプットされたトラウマ的な数学の「必修」授業は逆効果。
結局「受験前提の授業なんて意味ないじゃん!!」という深層心理を植えつける結果になった(笑)。

昨今「ゆとり教育の弊害」とか言われているけど、その「ゆとり教育」真っ只中の世代が私たち70年代。なんかアイディンティティーを否定されているようで正直あまりうれしいものではない。

自然に囲まれた環境だったので、小学校の「ゆとりの時間」は月に1度の近くの山歩きやレク大会。
「マンモス学校」ならではの集団行事で他の学級との交流の時間にもなり、楽しかった。
「子ども時代の嫌な思い出」はあるにせよ、「いじめで自殺」する子もいなかった。
当時は40人学級制、ドック隊長のような「目が離せない子」もいるなかで(笑)、先生たちは本当に大変だったと思う。
それにしても「ゆとりの時間」は楽しかったし、あのときの野山を歩いた感覚などは、くだんの「数学の授業」よりはるかに人生にプラスになっている…はずなのに…。

「教育改革」とは、また勝手な「錦の御旗」だなあと思う。
「更新制度」で免許剥奪(?)される予定の「採用試験不合格者」が言うのもなんだけど…。
中・高校時代の「人生の指針」は図書館で読みまくった本が語ってくれた。
「伝統芸能」のよさや「工芸作品」の美しさも、みんな大学在学中やそれ以降に実感した価値観。
だとしたら、「美しい日本」の教育って、誰がいつ、どこで誰のために行うんだろう?

「歌舞伎」の舞台をみたことのない「先生」に「伝統芸能の魅力」を伝えられる?
「美術館」に行ったことのない「教師」に「ゴッホの絵の特性と魅力」を語れる?
「子どもの本」に興味のない「校長先生」に「友達を大切にしましょう」と、実感を持って言う資格ある?

現場の教師は忙しい。それはわかる。でも、教師以外の人間も必死になって「社会」をきりもりしている。
みんなで「これからの日本」をつくって行こうよ!
前にも書いたけど、それは決して「政治家」だけの役割じゃないはず。

本日の出没地域★朝倉彫塑館、新国立博物館
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CATEGORY[問題提起]
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【2006/10/26 08:53 】
コメント
毎日楽しみにブログを見せてもらってます。
私のこと覚えてるかな???
なんだか宮ねえがすごい人に見えてきてしまったんですけど・・・
私は毎日ミクシィに日記を書いています。
宮ねえはミクシィはやってないかな?
やっとメッセージの送り方がわかったから良かったです。
【2006/10/27 01:49】| | 佐藤一美 #2ab009b151 [ 編集する? ]
コメントありがとう!お子ちゃま元気?
今回は、ちょっとはりきりすぎたかな…と思いながらも、くどくど書いちゃいました。
また会いましょう♪
ミヤネエでした
【2006/10/27 23:39】| | サワコ #56a30bffcc [ 編集する? ]
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